[1] 「不吉に思う(タタイヤル)」は、「鳥(タイル)」という語 から派生した語。ジャーヒリーヤ*では鳥の動向で吉兆(きっちょう)を占う習慣があり、それが転じて、全ての「不吉に思われる物事」に対し、この表現が用いられるようになった(イブン・アーシュール9:65-66参照)。 [2] あなた方に降りかかる災難は、全てアッラー*の定めとご裁決によるもの、あなた方の罪と不信仰によるものである、という意味(ムヤッサル166頁参照)。あるいは、順境でも逆境でも、あなた方に訪れる全てのものは、アッラー*からのものである、という意味(アル=バガウィー2:223参照)
[1] まず大雨により作物が全滅すると、フィルアウン*の民は、イスラーイールの子ら*をムーサー*と共に脱出させることを条件に、災難の除去をアッラー*に祈るよう、ムーサー*に頼んだ(アーヤ*134参照)。ムーサー*が祈るとそれは止んだが、彼らは約束を破った(アーヤ*135参照)。その後豊作を迎えたが、今度はイナゴが送られ、作物は再びほぼ全滅これも同様にしてムーサー*の祈りによって止んだが、彼らはまた約束を破った。それで今度は虱が送られ、残りの作物も全滅した。その後も同様に蛙が送られて彼らの住居に侵入したり、また彼らの水という水が全て血に変わったりしたが、彼らの不信仰と嘘は止まなかった(アッ=タバリー5:3607-3608参照)。
[1] つまり悔悟すれば、制裁を解除してもらえるという約束のこと(ムヤッサル166頁参照)。
[1] この情景の描写として、ユーヌス*章90-92、ター・ハー章77-78、詩人たち章61-66、煙霧章23-24も参照。 [2] この「御徴」は、ムーサー*の数々の奇跡のこと(ムヤッサル166頁参照)。
[1] シャーム地方(現在のシリア、パレスチナ周辺地域)のこと(前掲書、同頁参照)。エジプトとシャーム地方のこと、という説もある(アル=バガウィー2:226参照)。 [2] この「御言葉」とは、物語章5-6にある内容のことである、と言われる(アッ=タバリー5:3618参照)。 [3] 「作り上げていたもの」とは建物や農場など、「築き上げていたもの」とは城郭などのことである、と言われる(ムヤッサル166頁参照)。