Qurani Kərimin mənaca tərcüməsi - Yapon dilinə tərcümə- Səid Sato.

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164 : 7

وَإِذۡ قَالَتۡ أُمَّةٞ مِّنۡهُمۡ لِمَ تَعِظُونَ قَوۡمًا ٱللَّهُ مُهۡلِكُهُمۡ أَوۡ مُعَذِّبُهُمۡ عَذَابٗا شَدِيدٗاۖ قَالُواْ مَعۡذِرَةً إِلَىٰ رَبِّكُمۡ وَلَعَلَّهُمۡ يَتَّقُونَ

また、彼らの一派が(こう)言った時のこと(を思い起こさせよ)。「なぜあなた方は、アッラー*が(現世で)破滅させるか、あるいは(来世において)厳しい罰で罰されようとする民を戒めるのか?」彼らは言った。「あなた方の主*に対する弁解ゆえ(、そうするのだ)。彼らが(アッラー*を)畏れる*ようにするためである」。[1] info

[1] アーヤ*163の試練において、町の人々は三つの集団に分かれた。つまり、①魚を採って安息日を破った者たち、②それを止めようとし、彼らから距離を置いた者たち、③安息日を破りはしなかったが、それを破る者たちを止めなかった者たち。アーヤ*冒頭の言葉は、この③の集団から、②の集団に向けて発せられたものである(イブン・カスィール3:494参照)。

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165 : 7

فَلَمَّا نَسُواْ مَا ذُكِّرُواْ بِهِۦٓ أَنجَيۡنَا ٱلَّذِينَ يَنۡهَوۡنَ عَنِ ٱلسُّوٓءِ وَأَخَذۡنَا ٱلَّذِينَ ظَلَمُواْ بِعَذَابِۭ بَـِٔيسِۭ بِمَا كَانُواْ يَفۡسُقُونَ

それで彼らが戒められた物事を忘れてしまった時、われら*は悪を禁じる者たちを救い出し、不正*を働いた者たちを、彼らが放逸であったことゆえに惨憺たる懲罰で捕えた。 info
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166 : 7

فَلَمَّا عَتَوۡاْ عَن مَّا نُهُواْ عَنۡهُ قُلۡنَا لَهُمۡ كُونُواْ قِرَدَةً خَٰسِـِٔينَ

そして彼らが禁じられたことに反抗した時、われら*は彼らに言った。「惨めな猿になってしまえ[1]」。 info

[1] 雌牛章65と食卓章60も参照。

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167 : 7

وَإِذۡ تَأَذَّنَ رَبُّكَ لَيَبۡعَثَنَّ عَلَيۡهِمۡ إِلَىٰ يَوۡمِ ٱلۡقِيَٰمَةِ مَن يَسُومُهُمۡ سُوٓءَ ٱلۡعَذَابِۗ إِنَّ رَبَّكَ لَسَرِيعُ ٱلۡعِقَابِ وَإِنَّهُۥ لَغَفُورٞ رَّحِيمٞ

また(使徒*よ、)あなたの主*が彼ら(ユダヤ教徒*)に対し、彼らに過酷な懲罰を味わわせる者を、復活の日*まで必ずや送(り続け)るということ[1]をお知らせになった時のこと(を、思い起こさせよ)。本当にあなたの主*はまさしく、即座に懲罰を下されるお方[2]であり、本当にかれは(悔悟する者に対して、)実に赦し深いお方、慈愛深い*お方なのだ。 info

[1] 「過酷な懲罰」とは、屈辱(くつじょく)や、ジズヤ*の徴収(ちょうしゅう)などによるもの。それは彼らがアッラー*のご命令と法に反抗し、禁じられた物事をごまかしつつ犯していたためである(アル=カースイミー7:2893参照)。 [2] アッラー*のに対する不信仰と不服従ゆえに、かれの懲罰が確定した者に対して、「即座に懲罰を下されるお方」(ムヤッサル172頁参照)。

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168 : 7

وَقَطَّعۡنَٰهُمۡ فِي ٱلۡأَرۡضِ أُمَمٗاۖ مِّنۡهُمُ ٱلصَّٰلِحُونَ وَمِنۡهُمۡ دُونَ ذَٰلِكَۖ وَبَلَوۡنَٰهُم بِٱلۡحَسَنَٰتِ وَٱلسَّيِّـَٔاتِ لَعَلَّهُمۡ يَرۡجِعُونَ

またわれら*は地上において、彼ら(イスラーイールの子ら*)を数々の集団に分けた。彼らの内には正しい者*たち[1]もいれば、そうでない者たちもいる。そしてわれら*は彼らが(われら*に悔悟して)立ち返るべく、彼らを善きことと悪いこと[2]によって試練にかけたのである。 info

[1] この「正しい者*たち」とは彼らの内、預言者*ムハンマド*のことを知り、信じた者たち(アル=クルトゥビー7:310参照)。 [2] 「善きこと」とは豊作や健康、「悪いこと」とは不作や困難のこと(前掲書、同頁参照)。

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169 : 7

فَخَلَفَ مِنۢ بَعۡدِهِمۡ خَلۡفٞ وَرِثُواْ ٱلۡكِتَٰبَ يَأۡخُذُونَ عَرَضَ هَٰذَا ٱلۡأَدۡنَىٰ وَيَقُولُونَ سَيُغۡفَرُ لَنَا وَإِن يَأۡتِهِمۡ عَرَضٞ مِّثۡلُهُۥ يَأۡخُذُوهُۚ أَلَمۡ يُؤۡخَذۡ عَلَيۡهِم مِّيثَٰقُ ٱلۡكِتَٰبِ أَن لَّا يَقُولُواْ عَلَى ٱللَّهِ إِلَّا ٱلۡحَقَّ وَدَرَسُواْ مَا فِيهِۗ وَٱلدَّارُ ٱلۡأٓخِرَةُ خَيۡرٞ لِّلَّذِينَ يَتَّقُونَۚ أَفَلَا تَعۡقِلُونَ

そして彼らの後に、啓典を引き継いだ愚かな後継者が到来した。彼らは現世のつまらぬ利益を(禁じられた手段で)手にし、(こう)言う。「私たちは赦されるであろう」。また、もしそれと同様の(禁じられた種類の)つまらぬ利益が彼らのもとにやって来れば、彼らはそれを(反省せずに)手にするのだ。一体彼らは、アッラー*に対して真実しか語らない、との啓典の確約[1]を取られたのではなかったか?そして彼らは、その内容を学んだ(上で、それに反した)のである。(アッラー*を)畏れる*者にとっては、来世の住まいがより善いのだ。一体あなた方は、弁えないのか? info

[1] 彼らの啓典トーラー*に沿って行う、との確約(ムヤッサル172頁参照)。雌牛章27の訳注も参照。

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170 : 7

وَٱلَّذِينَ يُمَسِّكُونَ بِٱلۡكِتَٰبِ وَأَقَامُواْ ٱلصَّلَوٰةَ إِنَّا لَا نُضِيعُ أَجۡرَ ٱلۡمُصۡلِحِينَ

啓典を固守し(それに則って行い)、礼拝を遵守*した者たち、本当にわれら*は改善者たちの褒美を、無駄にはしない。 info
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