Kur'an-ı Kerim meal tercümesi - Japonca Tercüme - Said Sato

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196 : 7

إِنَّ وَلِـِّۧيَ ٱللَّهُ ٱلَّذِي نَزَّلَ ٱلۡكِتَٰبَۖ وَهُوَ يَتَوَلَّى ٱلصَّٰلِحِينَ

本当に私の庇護者*は、啓典(クルアーン*)を下されたアッラー*なのだから。かれは、正しい者*たちを庇護して下さる。 info
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197 : 7

وَٱلَّذِينَ تَدۡعُونَ مِن دُونِهِۦ لَا يَسۡتَطِيعُونَ نَصۡرَكُمۡ وَلَآ أَنفُسَهُمۡ يَنصُرُونَ

そして(シルク*の徒よ、)、あなた方がかれを差しおいて祈っている者たちは、あなた方を援助できず、自分自身すら救えない。 info
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198 : 7

وَإِن تَدۡعُوهُمۡ إِلَى ٱلۡهُدَىٰ لَا يَسۡمَعُواْۖ وَتَرَىٰهُمۡ يَنظُرُونَ إِلَيۡكَ وَهُمۡ لَا يُبۡصِرُونَ

また、もしあなた方がそれらを導きへと招こうとも、それらは聞きはしない。そして(使徒*よ、)あなたは、それらが自分の方を見ていると思うだけ。それらは、見てなどいないのだが。 info
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199 : 7

خُذِ ٱلۡعَفۡوَ وَأۡمُرۡ بِٱلۡعُرۡفِ وَأَعۡرِضۡ عَنِ ٱلۡجَٰهِلِينَ

(預言者*よ、)あなた[1]は雅量を身につけ、善事[2]を命じ、無知な者たち(との争い)から遠ざかれ。 info

[1] この「あなた」については、雌牛章120の訳注を参照。以下、同様の表現の際にも、同訳注を参照。 [2] 「善事」については、イムラーン家章104の訳注を参照。

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200 : 7

وَإِمَّا يَنزَغَنَّكَ مِنَ ٱلشَّيۡطَٰنِ نَزۡغٞ فَٱسۡتَعِذۡ بِٱللَّهِۚ إِنَّهُۥ سَمِيعٌ عَلِيمٌ

そして、もしシャイターン*からの一突きがあなたを突くようなことがあれば[1]、アッラー*にご加護を乞うのだ。かれこそはよくお聴きになられるお方、全知者であられるのだから。 info

[1] つまり、シャイターン*に怒りを煽(あお)られたり、そのあくの囁(ささや)きを感じたり、善の妨害と悪の扇動(せんどう)に出くわしたりすること(ムヤッサル176頁参照)。

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201 : 7

إِنَّ ٱلَّذِينَ ٱتَّقَوۡاْ إِذَا مَسَّهُمۡ طَٰٓئِفٞ مِّنَ ٱلشَّيۡطَٰنِ تَذَكَّرُواْ فَإِذَا هُم مُّبۡصِرُونَ

本当に(アッラー*を)畏れる*者たちとは、シャイターン*の内の徘徊者が自分たちに触れた時、(アッラー*への服従と悔悟の義務を)思い出すのである。するとどうであろう、彼らは開眼した者となるのだ[1] info

[1] つまり誤(あやま)りとシャイターン*の策謀を見極(みきわ)め、それを避(さ)け、そこにおいてシャイターン*に従わない(アル=バイダーウィー3:85参照)。

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202 : 7

وَإِخۡوَٰنُهُمۡ يَمُدُّونَهُمۡ فِي ٱلۡغَيِّ ثُمَّ لَا يُقۡصِرُونَ

そして、彼ら(ジン*のシャイターン*)の同胞(である、人間のシャイターン*)。彼ら(ジン*のシャイターン*)は、逸脱において彼ら「人間のシャイターン*)を助長するのであり、抜かりがない[1] info

[1] ジン*のシャイターン*は彼らを逸脱させるのに抜かりなく、人間のシャイターン*も彼らに従うことに抜かりない(ムヤッサル176頁参照)。

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203 : 7

وَإِذَا لَمۡ تَأۡتِهِم بِـَٔايَةٖ قَالُواْ لَوۡلَا ٱجۡتَبَيۡتَهَاۚ قُلۡ إِنَّمَآ أَتَّبِعُ مَا يُوحَىٰٓ إِلَيَّ مِن رَّبِّيۚ هَٰذَا بَصَآئِرُ مِن رَّبِّكُمۡ وَهُدٗى وَرَحۡمَةٞ لِّقَوۡمٖ يُؤۡمِنُونَ

また(使徒*よ)、あなたが彼ら(シルク*の徒)に御徴を持って来なければ、彼らは言う。「どうして、それを選ばないのか?[1]」言ってやるのだ。「私は、我が主*から啓示されるものに従っているだけ。これ(クルアーン*)はあなた方の主*からの開眼[2]、導き、信仰する民へのご慈悲なのだ」。 info

[1] つまり、「クルアーン*のアーヤ*を捏造(ねつぞう)してみよ」ということ。時に啓示は遅れることがあり、不信仰者*たちはこのように挑発したのだという。また一説には、「アッラー*に頼んで、自分が選んだ奇跡を叶(かな)えてもらえ」という意味(イブン・ジュザイ1:335参照)。 [2] 「開眼」についてはm家畜章104の訳注を参照。

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204 : 7

وَإِذَا قُرِئَ ٱلۡقُرۡءَانُ فَٱسۡتَمِعُواْ لَهُۥ وَأَنصِتُواْ لَعَلَّكُمۡ تُرۡحَمُونَ

クルアーン*が読まれたら、あなた方が慈しまれるよう、それに耳を傾け、傾聴せよ。 info
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205 : 7

وَٱذۡكُر رَّبَّكَ فِي نَفۡسِكَ تَضَرُّعٗا وَخِيفَةٗ وَدُونَ ٱلۡجَهۡرِ مِنَ ٱلۡقَوۡلِ بِٱلۡغُدُوِّ وَٱلۡأٓصَالِ وَلَا تَكُن مِّنَ ٱلۡغَٰفِلِينَ

また(使徒*よ、)朝に夕に自分の内で[1]、謹んで怖れながら、声を上げ(過ぎ)ることなく、あなたの主*を念じるのだ。そして、(アッラー*の唱念に)無頓着な者の類いであってはならない。 info

[1] 「自分の内で」とは、「舌を動かすことなく、心で」あるいは「舌を動かしつつも、密かに」ということ。後者の解釈の場合、「声を上げ(過ぎ)ることなく」という部分は、その念じ方の説明となるが、前者の場合、「声を上げ(過ぎ)ることなく」という部分は、別の念じ方における状況を表すことになる(イブン・ジュザイ1:336参照)。

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206 : 7

إِنَّ ٱلَّذِينَ عِندَ رَبِّكَ لَا يَسۡتَكۡبِرُونَ عَنۡ عِبَادَتِهِۦ وَيُسَبِّحُونَهُۥ وَلَهُۥ يَسۡجُدُونَۤ۩

本当にあなたの主*の御許に侍る者たち[1]は、かれを崇拝*することにおいて奢り高ぶることなく、かれを称え*、かれのみにサジダ*するのだ。 info

[1] 天使*のこと(ムヤッサル176頁参照)。

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