আল-কোৰআনুল কাৰীমৰ অৰ্থানুবাদ - জাপানিজ অনুবাদ- ছাঈদ ছাতো

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6 : 46

وَإِذَا حُشِرَ ٱلنَّاسُ كَانُواْ لَهُمۡ أَعۡدَآءٗ وَكَانُواْ بِعِبَادَتِهِمۡ كَٰفِرِينَ

また、人々が(復活の日*に)招集された時には、彼らは自分たちにとっての敵となるのであり、彼らの崇拝*を否定する者となるというのに。[1] info

[1] 復活の日*、偶像などのシルク*の対象は、それを崇拝*していた者への敵となる。雌牛章166-167、ユーヌス*章28-29、マルヤム*章82、物語章63、蜘蛛章25、創成者*章13-14も参照。

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7 : 46

وَإِذَا تُتۡلَىٰ عَلَيۡهِمۡ ءَايَٰتُنَا بَيِّنَٰتٖ قَالَ ٱلَّذِينَ كَفَرُواْ لِلۡحَقِّ لَمَّا جَآءَهُمۡ هَٰذَا سِحۡرٞ مُّبِينٌ

彼ら(シルク*の徒)にわれら*の明白な御徴(アーヤ*)が読誦されれば、不信仰に陥った者*たちは真理(クルアーン*)が彼らに到来した時、(こう)言ったのだ。「これは紛れもない魔術である」。 info
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8 : 46

أَمۡ يَقُولُونَ ٱفۡتَرَىٰهُۖ قُلۡ إِنِ ٱفۡتَرَيۡتُهُۥ فَلَا تَمۡلِكُونَ لِي مِنَ ٱللَّهِ شَيۡـًٔاۖ هُوَ أَعۡلَمُ بِمَا تُفِيضُونَ فِيهِۚ كَفَىٰ بِهِۦ شَهِيدَۢا بَيۡنِي وَبَيۡنَكُمۡۖ وَهُوَ ٱلۡغَفُورُ ٱلرَّحِيمُ

いや、彼ら(シルク*の徒)は「彼(ムハンマド*)が、それ(クルアーン*)を捏造した」と言うのか?[1](使徒*よ、)言ってやれ。「もし私がそれを捏造したの(であり、アッラー*がそれゆえに私を罰される)なら、あなた方は私の(援護の)ために、アッラー*に対して何も出来ない。かれは、あなた方が(クルアーン*について)喋り立てていることを、最もよくご存知である。かれだけで、私とあなた方の間の証人は十分なのであり、かれは赦し深いお方、慈愛深い*お方であられるのだ」。 info

[1] 家畜章105、蜜蜂章103、識別章4-5、煙霧章14とその訳注も参照 。

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9 : 46

قُلۡ مَا كُنتُ بِدۡعٗا مِّنَ ٱلرُّسُلِ وَمَآ أَدۡرِي مَا يُفۡعَلُ بِي وَلَا بِكُمۡۖ إِنۡ أَتَّبِعُ إِلَّا مَا يُوحَىٰٓ إِلَيَّ وَمَآ أَنَا۠ إِلَّا نَذِيرٞ مُّبِينٞ

(使徒*よ、)言ってやるがいい。「私は使徒*たちのうちでも、真新しい(ことを言う)者ではない[1]。また自分についても、あなた方についても、(現世で)どのように処遇されることになるかも分からない[2]。私は自分に啓示されたことに従うだけであり、明白なる警告者に外ならないのだ」。 info

[1] 預言者*ムハンマド*は史上初の預言者*ではなく、過去の預言者*たちと同様の教えを伝える者であった(イブン・ジュザイ2:332参照)。 [2] 家畜章50「・・・不可視の世界*も知らない」の訳注も参照。

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10 : 46

قُلۡ أَرَءَيۡتُمۡ إِن كَانَ مِنۡ عِندِ ٱللَّهِ وَكَفَرۡتُم بِهِۦ وَشَهِدَ شَاهِدٞ مِّنۢ بَنِيٓ إِسۡرَٰٓءِيلَ عَلَىٰ مِثۡلِهِۦ فَـَٔامَنَ وَٱسۡتَكۡبَرۡتُمۡۚ إِنَّ ٱللَّهَ لَا يَهۡدِي ٱلۡقَوۡمَ ٱلظَّٰلِمِينَ

(使徒*よ、シルク*の徒に)言ってやれ。「言ってみよ。もし(クルアーン*が)アッラー*の御許からのもので、あなた方がそれを否定し、イスラーイールの子ら*の証人[1]がそれと同様のもの[2]を証言してそれを信じ、あなた方が(信仰に対して)高慢になったのならば(、それ以上の不信仰があろうか)?本当にアッラー*が、不正*者である民を導かれることはない」。 info

[1] この「証人」には、「ユダヤ教徒*からムスリム*になった教友*イブン・サラームのこと」「ムーサー*」「イスラーイールの子ら*の、ある預言者*」といった解釈がある(アル=バガウィー4:193-194参照)。 [2] 「それと同様のもの」の解釈には、「クルアーン*と同様のもの。つまりクルアーン*の内容を裏づけ、それと一致するトーラー*の一部のこと」「トーラー*と同様、アッラー*の御許からのものであるクルアーン*そのもののこと」(アル=バイダーウィー5:178参照)など諸説がある。詩人たち章197とその訳注も参照。

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11 : 46

وَقَالَ ٱلَّذِينَ كَفَرُواْ لِلَّذِينَ ءَامَنُواْ لَوۡ كَانَ خَيۡرٗا مَّا سَبَقُونَآ إِلَيۡهِۚ وَإِذۡ لَمۡ يَهۡتَدُواْ بِهِۦ فَسَيَقُولُونَ هَٰذَآ إِفۡكٞ قَدِيمٞ

不信仰に陥った者*たちは、信仰する者たちに、(こう)言った。「もし、それ[1]が善いものだったなら、彼らが私たちを差しおいてそれを先取りし(て信仰し)たはずがない」[2]。そしてそれによって導かれなかったのなら、彼らは(こう)言い続けるであろう。「これは、古いでっち上げだ」。 info

[1] 「それ」とは、クルアーン*、あるいは預言者*ムハンマド*のこと(アッ=シャウカーニー5:22参照)。 [2] 一説に、これは高い地位にあった不信仰者*たちが、社会的に弱い立場にあったムスリム*たちを見下して言った言葉(イブン・カスィール1:279参照)。家畜章53、マルヤム*章73とその訳注も参照。

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12 : 46

وَمِن قَبۡلِهِۦ كِتَٰبُ مُوسَىٰٓ إِمَامٗا وَرَحۡمَةٗۚ وَهَٰذَا كِتَٰبٞ مُّصَدِّقٞ لِّسَانًا عَرَبِيّٗا لِّيُنذِرَ ٱلَّذِينَ ظَلَمُواْ وَبُشۡرَىٰ لِلۡمُحۡسِنِينَ

それ(クルアーン*)以前には、(従うべき)指針と(信仰者への)慈悲である、啓典(トーラー*)があった。そしてこれ(クルアーン*)は、(それ以前の啓典を)確証し、アラビア語で下された啓典であり、(不信仰によって自らに)不正*を働いた者たちには警告し、(信仰と服従に)善を尽くす者[1]たちには吉報を伝えるためのものなのである。[2] info

[1] 「善を尽くす者」については、蜜蜂章128の訳注を参照。 [2] この「警告」と「吉報」については、雌牛章119の訳注を参照。

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13 : 46

إِنَّ ٱلَّذِينَ قَالُواْ رَبُّنَا ٱللَّهُ ثُمَّ ٱسۡتَقَٰمُواْ فَلَا خَوۡفٌ عَلَيۡهِمۡ وَلَا هُمۡ يَحۡزَنُونَ

本当に「我らが主*はアッラー*」と言い、それからまっすぐ歩んだ者[1]たち、彼らには怖れもなければ、悲しむこともない[2] info

[1] 「まっすぐ歩む」については、詳細にされた章30の同様の表現についての訳注を参照。 [2] 「怖れもなければ・・・」については、雌牛章38の訳注を参照。

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14 : 46

أُوْلَٰٓئِكَ أَصۡحَٰبُ ٱلۡجَنَّةِ خَٰلِدِينَ فِيهَا جَزَآءَۢ بِمَا كَانُواْ يَعۡمَلُونَ

それらの者たちは天国の徒。彼らはそこに永遠に留まる。自分たちが(現世で)行っていた(正しい)ことゆえの、報いである。 info
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